私は30歳で、独身で、財産もありませんけど、人生を満喫して楽しんでいますが、 普通であれば遺言を残すには程遠いと思うかも知れません。なぜ私が遺言書を作成してみようと思ったのかについて説明します。
私が遺言書を作成してみようと思ったきっかけは、阪神大震災や同時テロなどの大きな歴史的事件が起こったことと、 親の死というものが非常に大きく起因しています。
■阪神・淡路大震災(1995年1月17日)
当時、私が住んでいた自宅(大阪)も恐ろしいぐらい揺れました。死者は6,430人です。 全壊、半壊の住家被害は、457,905世帯です。 もちろんこの中には私の友人も含まれていました。この頃から漠然と、死について意識するようになりました。
■父親の死(2000年7月30日)
あんなに頑固で威厳のあった父親が突然亡くなりました。このことにより、 「死」というものを身近なものとして受け入れるようになりました。
■アメリカ同時多発テロ(2001年9月11日)
テレビに飛び込んできた映像は、あまりにもショッキングでした。このように自分の意思とは反することでも死があるのだ、 と感じるようになりました。 ※以前は頭で理解はしていたのですが、感じるほどまでに現実視していなかったのです。
■母親が死について言葉にするようになった
最近になって母親が自分の死について言葉にする機会が増えました。 これが決定的に、私に「死」というものを他の人の死だけではなく、自分の死として考えるようになったきっかけです。
人は人生の中で、どれだけ自分のことを見つめなおす時間を持っているのであろうか、とふと思うことがあります。
もちろん、毎日の自分の行動や言動を反省するようなことはあると思います。 しかし、もっと長いスパンで自分のことを振り返ったのは、私の場合、就職活動のためにした自己分析だけです。 これは、人生を「線」で捉えた時に、現在を境にして過去のことになります。
であるならば、死後という将来のことも考えておく必要があるのではないかと思いました。 これにより、過去とこれからの人生、そして死後という3つの期間を考えることができ、いろいろな発見があり、 またその発見を通じて、人生について見つめ直すことができるのではないか、と考えたのです。
私はまだ30歳をすぎたところですが、30歳ならではの遺言があってもいいのではないかと考えました。 それが私の遺言を作成するきっかけでもあり、またこのホームページを開設するきっかけにもなったのです。
遺言の基本(法的な拘束力という観点で)やポイントは押さえつつも、 30歳ならではの遺言があってもいいはずだと思います。