なりすまし転出。他人の住民票を勝手に動かすことをいう。 そうやって新しい住所地で国民健康保険証をとり、悪用する事件が全国で頻発する。
総務省が配る住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)のパンフレットには、住基カードを図説したページにこうある。
「なりすまし転出などの不正行為を防止できます」 本当だろうか。
■本人性確認
なりすまし転出だけでなく、姓を変えて借金するために、本人に断りなく養子縁組する事件も相次ぐ。九八年、神戸市垂水区でも発覚した。
法的には、転出届も養子縁組届も申請書が記入されていたら受理するしかない。どこまで「本人確認」をすべきか、日本中の窓口係が悩んでいる。
仙台、札幌の両市は昨年、窓口で届出人の確認を始めた。養子縁組や婚姻を勝手に届ける事件がきっかけだ。 運転免許証など写真付きの身分証を窓口で提示してもらう。提示できなくても受理はするが、後日名義人あてにお知らせを郵送する。
それでも完全防止はできない。法律上、受理を拒めないし、代理人が届けても構わないからだ。 「でも、確認の強化で不正の抑止にはなるし、被害がすぐ発覚する効果もある」と両市。
手間と効果を考えてか、兵庫県内での導入の動きはない。
■性善説
窓口で簡単に受理するのは、異動があった場合、すみやかに書き換えるためだ。厳密な審査で登録に時間がかかるようなら、住民が困る。
明石市では、一九九八年になりすまし転出が発覚し、以後、転入者の保険証は簡易書留で送る。 が、郵便の受け取り時にも印鑑を持ってなりすますことはできる。現に昨年、そんな事件が再発した。 「こうしたらああされる。性善説に基づく制度だから、完全に犯罪を防ぐのは難しい」とため息をつく。
一方、仙台市長は被害者救済も求める。被害者の戸籍に残る婚姻や養子縁組の“過去”は消せない。 だから「それを消すための戸籍再生を」と昨年末、法務大臣に要望した。
救済策などの整備こそが急がれる。
■完全は無理
では、住基ネットは「なりすまし」を完全防止できるのか。
総務省はあっさり「無理です」という。パンフレットの「防止」の根拠は、住基カードを身分証として窓口で提示できるというだけのことだ。
ただし、住基カードは「国民管理のためのカードではない」(総務省)。希望者にだけ発行し、常時携帯の義務もない。顔写真のないタイプもある。
とすれば、こんな議論が巻き起こる日が近いかもしれない。
犯罪の完全防止はできない。治安のために顔写真付きのカードを国民全員が常時携帯すべきだ―。