平成8年1月、法制審議会民法部会は「夫婦が5年以上継続して婚姻の本旨に反する別居をしているとき」を法定離婚原因に加え、
ただし、「離婚が配偶者又は子に著しい生活の困窮又は耐え難い苦痛をもたらすときは、
離婚の請求を棄却することができる」という改正案を発表した。
この改正案は衝撃的なものとして大々的に報道されたので、この改正があたかも成立したかのように思っている方もあるが、
法改正はまだ実現していない。しかし、実際の裁判では、この改正案に近い判決が下っている。
一方の身勝手な振る舞いで夫婦が離婚させられることは、感情的には認め難いように思えるが、
夫婦間の愛情を判決で強制することはできないものである。
逆に、破綻した夫婦でも決して離婚が認められないとなれば、愛人との間に子供が生れた場合、
子供を嫡出子にしたいと思っていてもそれができないことになり、不利益は子供にまで及ぶことになる。
愛情のない夫婦関係を維持する目的が、不貞をした配偶者に対する制裁だとすると、これも非人間的であり、やはり認め難い。
夫の妻に対する責任は、金銭的な賠償で解決し、実体のない夫婦関係には終止符を打つべきというこの改正案の方向性には、
賛同する人も多い。
■律令の昔なら「3年で別居」
5年間の別居で離婚を認めるという法改正は今のところ実現していないが、
実は過去には、3年という期間が過ぎれば妻の側から離婚できるという法制度が日本にも存在した。
それは奈良時代・平安時代の律令制にさかのぼる。
律令というのは当時の法典をいい、その中には「夫との間に子供がなくて、3年間夫が外蕃に没落して帰宅しない場合には、
妻が役所に申請して離婚することができる」という規定があった。
有名な「伊勢物語」のなかでも、京に宮仕えにあがった夫が帰宅せず、待ちくたびれた妻は、
3年目の晩についに言い寄る男性の求婚を受け入れるという話がある。3年間音信不通であれば離婚となる制度が、
この話のベースになっていると思われる。
古代ギリシアの叙事詩「オデュッセイヤ」では、妻のペネロペは夫オデュッセウス不在の20年間、
求愛する男たちを寄せ付けず貞操を守る。このような女性は歴史上、まさに伝説的といっていいほど稀だったことだろう。